遣唐使の加拉巴(Jakarta)漂流記

と或る日系企業の管理畑で働いている田舎者が、遣唐使として中国に派遣された後、今度は東南アジア・インドネシアに派遣されたお話です。日々気づいたことをレポートします。内容については十分確認をとっていますが、あくまで筆者の主観によるものであり、また、正確さについて担保するものでないことは十分ご承知おきください。

ジャカルタのインターナショナルスクール

無事家族が赴任してきており、逆に慌ただしい生活になっている。嫁も馴染めず、娘も英語を喋れず、前途多難しかないのだが、ここ数年で得た「乗り越えられない困難は、認識できないので、その身に訪れない」という、訳の分からない自信というか確信によって、なんとかなると思って生きています。

こと娘についてであるが、せっかく7歳というキリの良い年代で海外生活のチャンスを得たので、日本人学校ではなく、インターナショナルスクールに入れようと思っている。

初めは、日本人学校のつもりだったのだけど、まぁ嫁もそれなりに乗り気だし、せいぜい数年だから大丈夫かな、と思って方針を決めた次第。

最終的に、ジャカルタでおそらく最も有名なJakarta Intercultural Schoolに決めたわけだが、この決定の中で苦労した点、重視した点をきちんと残しておくことで、将来色々な局面で悩んだ際に、指針とできるようにしておきたい。

 

・苦労した点

1. とにかく情報がない

ジャカルタTwitterコミュニティでも、「インターの情報教えて!」という新米ママさんのおとぼけコメントに対し、非常に辛辣な「自分で調べろボケカス」といったコメントが飛び交う世知辛い世の中なので、ネット情報がほとんど当てにならない。学校側情報は非対称な情報だし、多くの場合生存者バイアスのような情報がしか流れていない。日本人でインター校に通う人も多くない。そもそもニッチすぎるマーケットなわけである。と思って、英語資料とかを探そうとしてもこちらも大したものがない。医療機関と同じで、そもそも「客観的な情報」というのがないのだろうな、ということは、MBA受験時にもあったので、まぁそういうもんかな、とは思いながらも、それでは主観的な情報だったらどうか、と思っても、それすらもあまりない。とにかく周りでインターに通っている人がいない(これも、日頃の人脈形成不足が祟ったことなのでしょうけど…)から、N=1のコメントすら取れない。一緒に子供のインター活やっていた同僚のコメントがかなり大きな影響を与えるという、精神的にも意思決定の正確性的にも、かなり問題のある状況だった。

 

2. 学校側の情報提供が雑。

情報が取れなかったのは、コロナ禍であったことも小さくない。MBAも同じだが、とにかく自分の足で情報を取りに行くしかない状況なので、兎に角会いに行ってみる・キャンパスを見に行ってみることが大事だったのだけれど、教育機関は規制当局からもかなり目をつけられていたようで、多少コロナが収まったくらいでは、全くオンキャンパスの見学会が再開されない。かなり収まってきた、と思ったら、レバラン休暇とかに入るわけですよ…。じゃあオンラインの説明会で有益な情報が取れるか、というと、基本的に彼らは「分からないことがあったら質問してください」というスタンスなので、とにかく聞くしかない。かなり色々頑張ってきくのだけれど、当方の英語力も相まって、なかなか気の利いた回答が得られない。特に、JISは、お金関連の回答は要領を得ないものが多かった印象がある。そのため、「もうわからん、実際に行ってみるまで決められへん」となるのである。特に妻は、当地のイメージ感すら抱けていない状態なので、オンラインとか全く効果がなかったと思う。

 

3. 日本人がいるのかわからない

インターの良さは、ネイティブやらローカルやら、多様な人種・国籍の友達ができ、その環境の中で揉まれることにあるのだけれど、やっぱりエントリーとしては日本人は必須だと思っていた。娘は3月末に赴任してきたばかりで、英語はほとんど話せないし、シャイという性格も合わさって、現インター系幼稚園でも、何も話しておらず、日本人の先輩(歳は下だけどw)から色々教えてもらっているらしい。それはそれでしょうがないことで、逆に、昔インター(英国現地校)に通っていた会社先輩に言わせると、そこでの絆とかできるらしいから、ある程度日本人のいるところがいいな、と思っていた。会社補助がそれなりに出ることもあって、最大手のJIS、BSJクラスであれば、10%は行かないまでも、そこそこ日本人いるだろうとは思っていたのだけれど、これだけはめぐり合わせなので、全く読めない。Twitterとかマンションのグループラインとかに「JIS通ってます」みたいなコメントないか、かなり探したものです…。

 

4. ぶっちゃけ違いがよくわからない

日本の公立校を練り歩いてきた我々両親にとって、インターはすべからく素晴らしいものだった。設備はきれいだし、iPadとか授業で使うし(これは今どき公立でもやったりするのだろうけど)、どれをとっても問題ないように見えた。結局4つ見学に行ったのだけれど、終盤になってようやく、学校側の見学に対する姿勢、授業の内容の違いとかが見て取れるようになってきた(こちらにも余裕が出てきたのかもしれない)。小学校低学年なので、勉強面ではそもそもあまり難しいこととかないのだけれど、

・算数の内容(シンガポールカリキュラムは結構ゴリゴリやらせる印象)

・選択科目の内容(音楽とか工作とか顕著。あとは機材が有料かどうかなど)

・英語補助の内容(どこも結構突き放す系ではあったけど笑)

・先生・学校側の寄り添う姿勢

あたりは何となく違うな、とわかるようになってきた。こういった第一印象は、就活時もあまり外れたことがなかったので、おそらく入学後もそう感じるんだろうと思う。

 

・重視した点

上記のような苦労をかれこれ半年(家族の渡航を決めてから延々と、もんもんと悩んでいた。実際に激しく動いたのは、家族が渡航してきてからの2ヶ月程度)経験し、最終的にJISに決定したのは、下記のような理由からだった。

1. 近い

ぶっちゃけた話、これが一番大きい。当方が、家とオフィスとの往復を毎日2時間近く行い、結構ヘトヘトなので、家族にこのような苦労をさせたくない、というのが重要な点。娘もまだ英語環境に慣れていないし、バス通学になったら、それこそトイレも行けない、ということになるだろう。では、送迎をするとなると、BSJに毎日妻が2往復するというのは、やはり現実的ではない。女の子だし、なんとなく、バスは危険な感じもするというのが、BSJを落選させた主要因だった。後述の通り、最後に見学したBSJはかなり惹かれたが、このあたりで落選となった。

 

2. ミーハー気質

家族の手前中々表立って言えないけれど、ジャカルタで最も有名な学校で、多くの人が「金があるならJIS」と言うこともあって、ぜひ通わせてみたい、と思った。知り合いの日系2世(子供がNYU学部生である教育お父さん)も、やっぱり同じことを言っていた。当方の家庭の教育方針として、常に実利を取るというのはあるのだけれど、こんなチャンスはなかなかない、という気持ちが強く背中を押したのは事実である。

 

3. 日本人がそこそこいそう

大きくて有名なので、日本人もそれなりにいるだろう、と思ったことも重要なポイントである。上記の通り、日本人がいる、ということはかなり重要な加点要素だったので、JISのお隣に新たにできたIndependent School of Jakarta(ISJ)は、設備もきれいで、少人数のきめ細やかな対応が期待できたが、日本人の友だちができないかもしれない、というのが大きな気がかりとなった点であった。

 

4. あまり過保護なサポートはなさそう

これは多くの人と逆のポイントなのだけれど、あまり手取り足取りなのもどうか、と常に思っていた。一人っ子であることもあって、何でも好きなものが与えられてきた娘は、なにかにこだわるとか、偏愛するということがあまり見られない気がする(男親である当方の記憶と、女の子の違いなのかもしれないけれど)。色々な経験をできている方が、確かに幅は広がるのだけれど、なにかに強い好奇心があって、それに向けられて培った集中力、粘り強さ、自尊心のようなものが、その後の勉強や運動やらの礎となるような気がしていて、小学校低学年の間は、むしろそういった情操教育的なことを中心にしていくべきなのでは、と最近考えたりしている。オイスカ幼稚園の教育方針がまさにそれで、好きなことならとことんやってていい、という、こだわりと自己愛を大事にするというのは、コミュニケーション偏重で、それでいて歪んだ世の中を生きていくのにとても大切なことなのでは、と同幼稚園を見学してとても感じたことだった。例えば、BSJなんかは、音楽の個別レッスンやら、演劇の授業やら、通常カリキュラムの中にいたれりつくせりで盛り込んであるが、それだと今の娘の状態と同じで、もう少しショックを与えるようなことをしてもいいのでは、積極性を身に着けさせたいというのがインターに通わせることの一つの大きな目的であったという点から考えて、より積極性が身につくのは、実はJISなのでは、と考えた。

 

以上の通り、悩みに悩んで、そして泣きながら高額な学費を払い、JISに娘を送り込むのです。ぶっちゃけ英語とかグローバルとかどうでもいいから「『普通』とかが一切ない環境で、自分の好きなものを見つけ、自分がやりたいと主張する力を身につける」というのが、娘にできてほしいことなのです。自分にないものを子供に求める、というのは、いつの時代も親の悪い性なのだろうなぁ。